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明らかに無効な特許権の効力について- キルビー事件(Kilby Case)判決の波紋

1. 特許発明の構成要素全部が公知の場合
侵害者が実施している技術が公知公用(the public domain)の技術だとすると、それを侵害だと攻める特許権はおかしいということになります。本来、公知の技術(発明)は特許性なしとして拒絶される筈だからです。しかし、現実には審査で公知技術(特に、外国の文献)が見逃されて特許権が成立してしまうことがあります。こうした場合、平成16年までは、救済措置として、
①限定解釈説(実施例限定説)
②公知技術の抗弁説(自由技術の抗弁説)
③権利濫用説
などの工夫のもとに具体的事案に即して種々対応されてきました。ところが、平成12年4月11日最高裁判所のキルビー判決によって事情はがらりと変わりました。

【注】「抗弁」とは、単なる否定や否認ではなく、民事訴訟法上相手側の主張や申立てに対してその根拠をなくすような新たな事項を主張することで、訴訟でいう攻撃防御方法の一種。

2. キルビー判決までの事情
大審院が特許権の侵害訴訟において、受訴裁判所は特許の有効性(validity)は判断できないとの判例を打ち立てて以来、法廷で“本件特許は無効である”という抗弁は認められませんでした。従来のどの特許の参考書をみても、「全部公知の抗弁はなりたたない」と説いています。その場合は別途特許庁に対して無効審判を請求して特許庁によって無効を判断してもらうことになります。これは今も変りはありません。したがって、「全部公知の抗弁」という言葉は使えなかったのが事実です。使うとすれば、米国はそうだ、という位でした。ところが、「キルビー事件」において権利濫用(misuse of patent rights)と明確に判示されて事情は一変しました。

3.「キルビー事件」について
最高裁は、「特許に無効理由が存在することが明らかであるときは、その特許権に基づく差止め、損害賠償等の請求は、特段の事情がない限り、権利の濫用に当たり許されない」として大審院の判例を変更して権利濫用論を打ち立てたのです。我々はこれを「権利の正当行使義務」と呼んでいます。それまでの「権利濫用論」は、賛否両論の渦中にあって一律的なものではなかったのです。最高裁の判決の結果、“すべての受訴裁判所”は特許権の有効・無効の判断を行うことができることになりました。米国では昔から侵害訴訟の法廷の場で特許無効の抗弁が提出できました。しかし、日本も米国も、それをもって特許権が消滅するわけではなく、対世的に権利が消滅するのには登録という行政処分が必要です。

【注】“すべての受訴裁判所”と書きましたが、平成15年の改正民事訴訟法により、「特許権、実用新案権、回路配置利用権、プログラムに係る著作権・著作者人格権の訴訟」は第一審が東京地裁または大阪地裁の専属管轄とし、控訴は東京の知財高裁の専属としました。その他の知的財産権訴訟は従来の管轄裁判所に加えて東京の地裁または大阪地裁にも競合管轄を認めています。

4.特許法第104条の3(特許権者等の権利行使の制限)の新設
第104条の3
 1項 特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において、当該特許が特許無効審判により無効にさるべきものと認められときは、特許権者又は専用実施権者は、相手方に対しその権利を行使することができない。
 2項 前項の規定による攻撃又は防御の方法については、これが審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められるときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、却下の決定をすることができる。

5. 「キルビー事件」の概略を英訳すると,
On April 11, 2000, the Supreme Court decided the Kilby case by upholding the decision of the Tokyo appellate court which disallowed the appellant's claims for damages and injunction on the ground that these claims constituted a patent misuse because of the potential invalidity of the patent in view of the clear and convincing evidence produced in support of the appellee's allegation of invalidity.
【注】キルビー事件の内容は複雑で、専門的になりますので省略します。

                            (弁理士 木村進一)
                    「特許評論」は登録商標(第4556242号)です。

by skimura21kyoto | 2007-11-22 21:26  

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