育たない特許翻訳者、育てない特許事務所-翻訳とは意訳なり─

下記の【実例】は、数年前私が関わった日本を代表する大手の半導体メーカーF社の米国出願明細書です。これが審査で記載不備の拒絶(第112条1項)を受けました。特に最初の数段落の意味がわからないというものでした。補正の依頼が私にきたので全文補正の上継続出願(continuation application) として特許になったものです。原出願の 英文明細書は翻訳会社がやったそうですが、それを特許事務所の担当者とF社の発明者がチェックした筈です。一体何をチェックしたのでしょうか。

【実例】
Background of the Invention
[0001] The present invention relates to a storage medium driving device for realizing protection of record information recorded in detachable storage medium such as DVD (digital video disc), CD-ROM or (MO) magneto-optical), to storage medium and to data protecting methods thereof.
[0002]  Perfection guarantee, secrecy, selling out, copy protection, and the like, are examples of security (data protection) as is recently required for contents recorded on the storage medium, and realization of such security are provided by devising contents recorded on the storage medium or by working out programs for process executing devices such as personal computer used to control storage medium driving devices.
[0003]  However, if contents are unlimitedly input up to the process executing device such as a personal computer, it becomes difficult in terms of security such as copy protection, and thus, it is necessary to limit input of contents up to the storage medium driving device.
[0004]  Since the required security differs depending on the recorded contents, a control program (firmware) in the storage driving device for performing various functions is needed in order to realize security for each different storage medium. If such a control program is provided within the storage medium driving device, it would result in a large internal memory, and thus in a rise in production cost of the storage medium driving device. ―以下略―

【コメント】
米国の審査官が苦労したのも分かります。文章で最も大切とされる読みやすさ(readability)が欠けています。英語としてはrealizingとrealizationが変ですが、原文が「保護を実現する」とか「セキュリティーの実現」となっているからです。「保護の実現」、「セキュリティーの実現」と書いた日本文起草者の表現技術も拙劣と思いますが、それをそのまま訳す翻訳者も翻訳者です。しかし、これが現在の特許実務界の実力といえるのではないかと思います。「保護」を動詞で使えば「実現する」という動詞は不要となり語数は減ります。正に塗り絵的翻訳です。別の例で「圧力」をpressure forceとした翻訳も見たことがあります。語数が増えて翻訳料の吊り上げには好都合ですが。以下示す私の改訂文は、応急処置でこれが「発明の技術分野」の書き方として良いかどうかは疑問です。発想を変えて、違う書き出しもできますが、ここは最終拒絶を避ける“緊急避難”でした。

【改訂文】
[0001] The present invention relates to storage medium driving device which ensures the security of the program stored in the medium against unauthorized use or other illegal copying, and also to a storage medium and a method capable of ensuring the program security, wherein the storage medium is a detachable medium such as a digital video disk, CD-ROM, or magneto-optical disk.
[0002] There are various methods known in the art for ensuring the security of programs and data stored in media. One of them is to devise such a program as to guard against unauthorized use, and another is to devise an executing program of a processor like a personal computer so as to be safe from illegal access.
[0003]  However, if the personal computer allows unconditional access to fetch the program stored in the medium, it is difficult to protect the program from illegal copying, and therefore, it is preferable to limit the ability to fetch the program to the medium driving device.
[0004] The level of security differs program by program, which means that each storage medium must be provided with its own level of security. To achieve this result, firmware is required for controlling a storage medium driving device. However, the firmware must have a sufficient capacity for accommodating a built-in memory, thereby increasing the production costs of the storage medium driving devices.
  
【所 感】
補正して特許になったから良い、というものではありません。一応面目は施したものの、本件が侵害され何千万ドルの損害賠償請求訴訟を起こしたら、被告は必ずこの補正の隙を突いてきます。米国の国民(審査官が代表)が分からないような文章で出願するということは、出願の時点ではブラック・ボックスです。連邦特許法第112条1項によれば出願人は、出願時「発明を完全に掌握していた(had possession of his or her invention at the time of filing the application)」ことが要件であるのにそれに反するとして特許権の行使不能か特許権そのものの無効を主張してくるにちがいありません。日本の出願人は 明細書を直す(amendment)ことを余りにも安易に考え過ぎています。Festo判決という良い教訓があるのに生かしていません。第一、生かすだけの英語力がないと言えます。
 
【あとがき】
明細書も言葉による表現である以上創作物です。それは発明を創作するのではなく表現を創作するということです。特に、英文は文化的背景を異にする異国の言語です。英語には英語の言葉の選択法があり、独自の表現法、論理、修辞があります。翻訳はそれに従うのが当然ですが、日本ではそういう英語教育がなされていません。仮に、心ある翻訳者が上手く実行したとしても、それを見る側の英語レベルが低いため結局もとの木阿弥になってしまいます。要するに、字面の英語化でない誤訳と判断されてしまいます。英語の読解力がないからです。翻訳者も生活がかかっていますから、心ならずも与えられた文章の字面を英語の字面に置き換えざるを得ません。結局、翻訳は無責任の産物というしかありません。それをもって特許の国際戦略とは、いやはやというところです。

最近送られてきた特許庁作成の面接ガイドラインによれば、「弁理士の独占業務については、弁理士自身が自ら行うべきことは当然であり、補助員(非弁理士)を使用し、付随する業務を行わせる場合であっても、弁理士の監督の下で、適切な範囲において行うことが求められる」とあります。英語の一行も読めない、まして書けない弁理士先生のもとで平気で外国出願が行われている事実はどう見るべきでしょうか。翻訳者がマスターしているのはパターンだけです。特許翻訳の指導はほとんどパーンの押し付けで終わっています。本当の英語表現を教えているところはないのではないかと思います。パターンなど英語力とはなんの関係もありません。

デスクの左側に日本語原稿を置いて、パソコンにばんばん英語を打ち込んでいる姿ほどおぞましい姿はありません。大手事務所では当り前になっている光景です。英語のできない人には超人的に見えるそうですが、あれはパソコンを操作するロボットです。実例にあるように「保護の実現」とあるとそのまま訳してしまうようなロボットには資格もいりませんし、義務研修の必要もありません。

上記ガイドラインの「弁理士の独占業務」は「出願にまつわる翻訳」であり、補助員は「翻訳者」に置き換えて考えるべきであろうと思います。翻訳には和英も英和もあります。英語力に加えて、日本法の知識、外国法制や現地の実務の知識、たとえば、FestoやKSR、さらにEPCにおける各種審決例の法理などを三位一体的に総動員して翻訳に当っている特許実務家が果たして何人いるでしょうか。

和英も英和も字面の変換ではなく、意味そのものから起草するという意味で、翻訳はすべ意訳です。日本では、悪しき受験英語(偏差値英語)体制のおかげで意訳が悪者にされ過ぎています。意訳が悪いのではなく、悪い意訳があるとすれば、英語力不足、思考力不足、教養不足の酸欠ならぬ“三欠”の結果です。
                                          (弁理士 木村進一)
                「特許評論」は登録商標(第4556242号)です。
[PR]

by skimura21kyoto | 2007-12-12 14:19  

<< 英語の基礎は読解力-いかに読解... より良き英文明細書作成のために... >>