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英語小説『The Client』をめぐる二つの話題 

はじめに
 1994年に封切られた米映画『The Client(依頼人)』は好評だった。原作はジョン・グリシャム。彼の文章は簡潔で、しかも当時は現職の弁護士だっただけに法律用語・準法律用語のいい勉強になるので法律英語に興味ある人にはお薦めの一冊です。しかし、今回は直接英語の話しではなく、この小説に関連した話題を二つ取り上げます。

話題その1
 第一の話題は、原作『The Client』をめぐる著作権法でいう「二次的著作物(derivative works)」の話です。二次的著作物とは、小説『依頼人』についていうと、新潮社の翻訳(白石朗訳)と映画館で上映された映画と、そのビデオ・テープが該当します。著作権は原作だけでなくその二次的著作物も保護してくれます。映画や翻訳に限らず編曲、変形(例,絵画を彫刻にした場合その逆、写真を絵画にする等)、脚色(例、原作をNHK大河ドラマのために脚色した場合)、その他翻案することにより新たな創作性が加わったものであれば該当します(著作権法2条1項1号)。

ここで一つの疑問がでます。原作の『The Client』を映画化するには脚色して脚本化する必要がありますが、その脚本が原作の二次的著作物なのはいいとして、その脚本に基づいて作られた映画はどちらの二次的著作物なのか、ということです。二次的という以上三次的、四次的著作物はあるのか、という疑問がでてきます。正解は、脚本も映画も原作の二次的著作物です。二次的という言葉が誤解を招いています。英語は「派生的著作物(derivative works) 」といっており、「派生的」と理解すべきです。二次的というのは、原作が一次的であることを意味しています。しかし、一次的著作物とはあまり言いません。原作(original work)が普通です。

二次的著作物は原著作物とは別の著作物として保護されます。原著作者は、二次的著作物の利用権を専有します(著28条) 。著作権法第2条3項によれば、ビデオ・テープ、ビデオ・カセット等のビデオ・ソフトは映画の著作物です。ところが、ややこしいのが映画の著作権です。映画は脚本家、監督、カメラマン、俳優、作曲家等多数の人間の共同作品です。これらの人すべてに著作権を認めると利用には著作権全員の許諾を要することになるため利用ができなくなるおそれがあります。そこで、著作権法第16条は映画の全体的形成に創作的に寄与した者を著作者として、同29条1項で映画製作者に著作権者の地位を認めることにしました。これは、著作者は原始的には著作権者であるという原則の例外になります。本来なら、著作者であれば当然著作権と著作者人格権とがある筈ですが、映画では著作者人格権はあっても金儲けができる著作財産権はありません。しかも人格権の方も氏名表示権と同一性保持権はありますが、公表権はありません(著18条2項)。この一見不合理な扱いも映画の円滑な利用のためです。映画の保護期間は他の著作権が、著作者の死後50年または公表後50年であるのに対し公表後70年です。

話題その2
第二の話題は、小説『The Client』のテーマである「連邦証人保護プログラム (Federal Witness Security Program )」の話で、いわゆる“お礼参り”の防止です。

 物語は、上院議員暗殺容疑で追われているマフィアの秘密を知ったばっかりにマフイア、FBI 、地元警察の三者に追われる身となった11歳の少年マーク(依頼人)が、自分および家族を守るため1ドルで52歳の女性弁護士レジ・ラブを雇うというものです。殺人事件にFBI が登場するのは被害者が国会の上院議員だったからです。ここでの“マフィアの秘密”とは、マフィアは殺し屋を雇って殺したため彼等自身が知らない被害者の死体の隠し場所のことです。

 偶然この隠し場所を、自殺したマフィアの元顧問弁護士の口から聞いてしまったマーク少年は、地元の警察に喋りたいが喋ればマフィアに一家もろとも殺される、そこで登場するのが『連邦証人保護プログラム』です。これは1970年からFBI により採用され、このお陰で連邦検察官やFBI 側に協力者が増え、マフィア殲滅作戦は大いに効を奏したといわれています。1987年の記録ではそれまでに4889名が1人10万ドルを与えられて安全なところへ移り、氏名も改め別人として再出発できるようになったと報告されています。それまでは、後難をおそれて、法廷の証言台で急性健忘症になったり、証言を拒否する者が多かったと『アメリカ法の最前線』(早川武夫著[ 日本評論社] )は伝えています。

映画に戻ると、弁護士ラブは、依頼人であるマーク君がつかんだ情報を、一家が乗った飛行機が離陸するまでは喋らないことを条件に、連邦検事に対し証人保護プログラムに則り次の要求をします。弁護士ラブのセリフです。彼女の言葉ではprogramはplanとなっています。

 「家族全員を証人保護プログラムの管理下におく。身分証明を一切変える。手頃で住みやすい家と母親の就職先(注、母子家庭である。マークには弟がいる)、しかし、当分は家にいて子供の面倒をみる必要があるため、三年間は働かずに生活できるように1月4千ドルを支給すること。加えて支度金を現金で2万5千ドル」。
 “The entire family enters the witness protection plan. Complete change of identification, a nice little house, the works. This woman needs to stay home and raise her kids for a while, so I’d suggest a monthly allowance in the sum of four thousand collars, guaranteed for three years. Plus an initial cash outlay of twenty-five thousand. …”

マーク少年一家を乗せたジェット機が雲間に消えていくのを見とどけると、ラブは「死体は、ジェローム・クリフォード(自殺した元顧問弁護士)の自宅裏のガレージ」さらに、「住所は、イースト・ブルックライン886」と、捜査官に告げたところで映画は終わっています。

 あとがき
 テーマになっている『連邦証人保護プログラム』に興味があったので詳しく知ろうと、ワシントンD.C.の法律事務所の懇意な弁護士にきいてみたところ「申し訳ないがよく知らない」という返事でした。約70名の弁護士(attorney-at-law) を擁する大事務所でも刑事事件は殆どやっていないので分からないとのことでした。かわりに参考になればと『証人および被害者保護法(Victim and Witness Protection Act-October 12, 1982-Public Law 97-291 [S.2420]) 』を送ってくれましたが、一寸違うようです。

現地代理人が教えてくれた『証人および被害者保護法』は"~Protection Act"とあるように議会制定法です。映画の方はFBIの捜査段階での実務の話で、プログラムという名前からして法律ではありません。1970年にマフィア撲滅のために『組織犯罪統制法(Organized Crimes Control Act) 』が制定されたそうで、こうした環境から前掲書著者の早川教授の“落日のマフィア帝国”という言葉になったのだろうと思います。
                           (弁理士 木村進一)
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by skimura21kyoto | 2007-12-23 01:40  

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