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特許英語断片-“comprisingは常にopen-ended(非限定的)とは限らない”

Dippin’ Dots, Inc. et al v. Thomas R. Mosey, et al
CAFC (05-1330), decided February 9, 2007

はじめに
特許明細書の常用語であるcomprising(~を含む、~からなる)は一般にはopen-ended(非限定)といわれ、限定を嫌う特許明細書では多用されています。たとえば、Xという発明があり、X は構成要素(要件) A、 B、 Cからなる場合、X comprises A, B and C. と表現します。意味は、発明Xは、少なくともA、 B、 Cを含むがそれだけではない、を意味します。したがって、侵害物がA+B+C+DであってもA+B+Cを含む以上侵害ということになります。逆に、consist ofを使いますと、X consists of A, B and C.となりますが、これですと発明Xの構成要素はA、 B、 Cに限定されることになり、A+B+C+Dの侵害物を逃すことになります。consist ofをclose-endedといいます。そこでconsist ofを使う場合はconsist essentially/mainly ofなどと使います。ところが、常にそうではなく、コンテクストによってcompriseもclosedになるというのがご紹介する判例です。大事なことは、機械的にcompriseはopenと考えないことです。そうした実例は沢山あります。jointとconnectの語義をめぐる同様の事件が最後の訳者注にあげてあります。なお、CAFCとは連邦巡回控訴裁判所(Court of Appeals for the Federal Circuit)の略です。日本の知的財産高等裁判所(知財高裁)にあたります。

1. 事案の概要
 Dippin’ Dots Inc.他(以下、原告)は、自己が独占実施権を保有する特許第5126156号(以下、本件特許) を侵害するとしてThomas R. Mosey他(以下、被告)を訴えた。クレーム1は粒状の凍結アイスクリーム(発明の名称は「流動状の凍結乳製品」)の製法特許で、”preparing, dripping, freezing, storing, bringing, and serving”の六つのステップが”comprising the steps of …”の形式で記載されている。しかし、製品のアイスクリームは出願前から商品名”Dippin’ Dots”として遊園地、スタジアム、ショッピング・モールなどで販売されていた。出願は1989年3月6日に行われたが、カナダ特許第964921号を根拠に自明(進歩性欠如)を理由に拒絶されたため継続出願を行い、「商業上の成功(commercial success)」を主張して1992年6月に許可された。最後のservingのステップは継続出願に際し追加されました。低温範囲が本発明のポイントです。
  ”serving said beads for consumption at a temperature between substantially -10o F and -20o F, so that said beads are free flowing when served.”
 被告は、本件特許は無効であり、また原告はフロード(詐欺)により特許を得たものであるからその行為は反トラスト法に違反すると抗弁した。第一審はこれらを認めたため原告は敗訴し、控訴に及びました。

2.争点
 第一は、本件特許製品は、出願日である1989年3月6日より一年以上前にケンタッキー州、レキシンントンのフェスティバル・マーケット・モールにおいて販売されたが、その「販売」が特許法第102条(b)の”sale”に該当するか否か。第二は、comprisingは常にopen-endedを意味するか。第三に、出願前の公然実施はprior artとして自明性の根拠となるか。

3.発明者Jonesと出願代理人Schickliの証言、及び第一審の陪審評決
(1) Jonesの証言 製品は1987年7月24日からフェスティバル・マーケットで売り出され、同フェスティバルは7月29日まで開催されその間800人以上が購入し、また何人かは無料の試食品を受け取った。彼らは持ち帰り自由で特に秘密を守る義務を負っていたわけではない。同所での販売目的は商品の市場性(marketability)をみるためで温度条件等の技術上の積み上げをするものではなかった。しかし、審査中その販売の事実は特許庁には報告されなかった(結果的には商業的成功が審査官を説得することになった)。自身が署名した宣誓書では、最初の販売の日は1988年3月となっていた。フェスティバル・マーケットで行ったのは、クレーム1のpreparing(凍結への材料の調整)、dripping(凍結室へのドリッピング)、freezing(ビーズ状[粒状]に凍結する)の最初の三つのステップのみであり、後のbringing(servingに先立ちビーズを規定の温度範囲内に保持する)、serving(消費者にビーズが流動性を保持できるよう前記所定の温度範囲で提供する)という二つのステップは公開していない。(注、日本式に考えれば、「公然実施」の範疇に入ると思う)
(2) 出願代理人Schickliの証言 フェスティバル・マーケットで売られたアイスクリームは、消費者が快適に食するには冷た過ぎてクレーム1でいう「消費のための提供(serving for consumption)」には該当せず「実行可能な業としての実施(feasibly commercially exploited)」ではなかった。
(3) 第一審の陪審評決 Jonesが行った1988年3月以前の販売の事実は発明の特許性を阻害する先行技術であり、全クレームはその事実と出願中に審査官が引用したカナダ特許を考慮すると自明であるとして無効、さらに、Jones及び出願代理人Schickliは故意に”誠実と公正の義務(duty of candor and good faith)”に違反したので不公正行為(inequitable conduct)に該当するとともに反トラスト法に違反している。

4.CAFCの判断
 (1) 第一審は、クレーム1中の「ビーズ」を「スムースな球状の凍結した小球」と読み、クレームされた製法には「ポップコーンのような不規則ないしはでこぼこな形状の粒子」は対象外と解釈した上で、イ号製品はスムースな球状も不規則な形状も共に含むので非侵害と判断した。原告は、第一審は「ビーズ」の解釈を誤っていること、及び、comprisingとあるにもかかわらず本特許の製法を「スムースな球状のビーズだけ (beads-only)」に限定していると反論した。CAFCは、「ビーズ」は明細書5欄22‐23行で「スムースな球状」と特定しているので第一審の判断に誤りはない。
 (2) comprisingの意味  この語は構成要件に限定されない(nonexclusive)ことを推定させるに過ぎず (Genentech v. Chiron[Fed.Cir.1997])、本件で言えば、列挙された六つのステップが全部実施された上でたとえ付加があっても侵害となるのであって、個々のステップにcomprisingの意味が働くのではない。被告の製法はスムースな球状の小球も、不規則な形状の粒子もともに対象としているので本件特許とは異なるとした第一審の判断に誤りはない。
 (3) 自明性(進歩性)の問題(陪審評決)  自明性の判断自体は法律問題(a matter of law)であるが、陪審の結論は事実問題(a question of fact)であり、その内容は事実認定として証拠能力を有している (LNP Eng’g Plastics, Inc. v. Miller Waste Mills, Inc [Fed. Cir. 2001])。従って、本件では問題の販売が1988年3月6日以前に起こったことは十分証明された。たとえクレームの全構成要素が公然実施されていなくても他の文献との絡みで自明性を判断することはできる。その際、特許性との関連性(materiality)は、その行為が発明者本人によるか否かではなく、公開内容で決定すべきである(LaBounty Mfg. v. Int. Trade Comm’n [Fed.Cir. 1992])。
 (4) 原告の不公正行為(inequitable conduct) 及び反トラスト法違反  不公正行為があったか否かは、明白にして説得力のある証拠(clear and convincing evidence)によって特許性との「関連性(materiality)」と、特許庁に対する開示懈怠が故意(deceptive intent)によることの二点を立証しなければならない。本件においては、特許庁に対する開示懈怠があったことは証明された。その結果、本件特許権はunenforceableである。しかし、反トラスト法違反に関しては不正の意図の立証は十分でない。よってこの点については第一審の判決は維持できない(reversed)。

【訳者注】
(1) Genentech v. Chiron (Fed.Cir.1997) 
”A is joined to B.”とあった場合AとBとの間にCの介在は許されるか否かが争われた。第一審は“直接的”結合と解したが、CAFCはCは排除されないと認定した。Connected to~をめぐっても“直接的”(Ethicon End-Surgery, Inc. v. Ethicon, Inc.)と、“間接的”(Ullstrand v. Coons) と二様の解釈があるが、いずれも文脈によるもので、言葉そのものから一義的には決められない。
(2) LaBounty Mfg. v. Int.Trade Comm’n (Fed.Cir. 1992)
不公正行為の決め手となる要素の一つ”materiality(関連性)”についてCAFCは、開示行為が発明者本人によるかどうかではなく、開示内容によって決めるべきと判示している。いずれにしても、証明は”clear and convincing evidence”によらなければならない (Kingsdown Medical Consultants, Ltd. v. Hollister Inc [Fed. Cir. 1988])
(3) 反トラスト法違反の法律効果  本来なら本件被告は損害額の三倍賠償と、弁護料を含む訴訟費用が請求できた(クレイトン法4条)ところであるが、フロードの意図の立証が不十分であったため反トラスト法違反の効果にまで至らなかった。

【注】この記事は日本弁理士会の国際活動センター委員会の部員として日本弁理士会発行の「JPAA」平成19年2月28日号に私の名前で発表したものを編集し直したものです。
                                          (弁理士 木村進一)
                             「特許評論」は登録商標(第4556242号)です。

by skimura21kyoto | 2008-02-06 11:44  

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