翻訳は意訳なり-言葉払い(祓い)の必要

1.“翻訳に言葉は不要!”
大胆な提言です。『翻訳の方法』(川本・井上編、1997年東大出版会版)中の執筆者の一人東大の佐藤教授(表象文化論)の助言です。“翻訳は文脈(コンテクスト)からおこなえ。言葉払いをせよ”、と言われています。ここでの「払う」は悪霊を払うことを意味する「祓う」ですから言葉は悪霊ということです。そのことを自覚せずに書いた英文は正に悪霊の塊というべきでしょう。特許実務界で簡潔で明確な明細書が稀なのは言葉という悪霊に取り付かれているからです。何故特許実務者は言葉の多い、分かりにくい明細書を書くのでしょうか。翻訳者は分かりにくい原文を分からないまま日本語の字面にしているに過ぎません。

私が特許の世界に入った約40年前頃、特許明細書は“これでもか、これでもか”、あるいは、“手を替え品を替えて”しつこく書け、と教える先生が沢山いました。そういう指導を受けた直弟子や孫弟子が現在の特許実務界を牛耳っていますから、現状では言葉を捨てるなどはもってのほかとなります。そういう先輩達は、100%英文など書いたことも、読んだこともない人達です。時代が違いますから仕方のないことですが。しかし、英語のなんたるかは分からずに米国の特許公報を例にあげ、“見てみろ米国の公報を。あのしつこさを学べ!”と言っていた老先生がいました。その悪弊は今も残っていて意欲のある翻訳者の成長を妨げています。そういう老先生達は誰も米国特許法第112条の基本精神など説ける人はいませんでした。外形だけ見ての指導でしたが、その指導法は現在も主流となっていて、講義も指導書もみなパターンの押し付けになっています。そういう地盤、背景が消えない限り和文に関しては「言葉は多いほどいい」、英文に関しては「日本語の字面を英語の字面に変えれば万事OK」とする考えは不変かつ普遍ではないでしょうか。一例は、大企業からくる外国出願依頼書です。あの書類には稟議にかけたせいか通常10以上のハンコが押してあります。上役が認証した和文明細書の言葉払いを社外の者がやったら来月から出入り差し止めとなること火を見るより明らかです。翻訳者のいいようにやってください、と言える大企業はありません。むしろ中小企業の方が一旦社長の信任を得れば、全面的に任されますから翻訳者も必死になりますので良質の英文明細書が出来上がります。大企業の社員は要するに責任回避の意識が先行しますので、型通りのものが歓迎されます。とは言え、翻訳者側にも問題はあります。“好きなようにやってください”という全幅の信頼に真に答えられる翻訳者が何人いるかです。翻訳者は代理人ですから代理権が要ります。さらに代理人としての自覚と責任がもてる人間でなければなりません。日本ではなにかというと検定の何級だのTOEIC何点だのと評価付けがおこなわれますが、知財英語はそれで解決できる問題ではありません。代理人として実行するには先ず発明者と会い、発明者の口から直々に発明の内容を説明してもらう必要がありますが、翻訳者にそれを許容する企業はありませんし、第一そういうシステムもありません。あるのは、“急げ、急げ”と、“安くしろ”という注文だけです。私が作った川柳にこんなのがあります。
“DHL今日も満載がらくた特許”    (DHLとは、国際宅急便のことです)

2.実例(その1)
冒頭の大胆な提言をされた佐藤教授は次の例文をあげておられます。
“That’s right. Blow the nose. You look great. It’s all red.”
この英文を言葉祓いせずに訳すと、
“その通り、鼻をかみなさい。あなたは偉大に見える。それはすべて赤い。”
となります。特許明細書の翻訳は和英も英和もすべてこの調子ですし、受験英語なら満点ではないでしょうか。これが悪霊にとりつかれた訳というのです。言葉祓いをしてみると、
“いいじゃない。どんどんかめば。真っ赤な鼻して、ステキよ。”
佐藤教授の訳例です。これが翻訳で、私が提言する副題の「翻訳は意訳なり」の意味です。「翻訳は意訳」を言い換えると、「翻訳は創作、訳文は創作物」となります。
こういうことを言うと特許実務者は、決まって“内容が違う、内容が。それは文学やろう、明細書は科学や、文学と科学では次元が違う。”と息巻きます。特許の世界にいるとそういう壁に嫌というほどぶつかります。それが特許実務者の知性のレベルかなと思うのですが、その責任の大半は日本の大学教育そのものにあるように思います。スペシャリストも大切ですが、同時にゼネラリストも大切です。もっとゼネラル・アーツ面の教育を考えるべきでしょう。少なくとも知的財産を扱う実務者は両素質が必須と考えます。

3.実例(その2)-大学入試問題から
問 題
 『私の子供時代には、学校から帰ると外で暗くなるまで近所の子供たちと遊ぶのが普通だった。いっしょにいたずらをして怒られたり、仲たがいをしてなぐり合いのけんかもしたが、そうすることで他人との付き合い方を学んだ。家でテレビゲームばかりしている現代の子供たちを見ていると、なぜいじめがあるのかわかるようなきがする。』
この文章は数年前の某国立K大学の前期日程の英作問題の一つです(毎日新聞に掲載)。この問題に対し解答例がすぐ下の欄に載っていました。

解答例 S高校(大阪)
 When I was a child, after coming home from school, I usually played outside with the other children in the neighborhood until dark. Sometimes we got into mischief and were scolded. We quarreled and even got into fights. Still, through these experiences, we learned how to get along with others. When I see kids nowadays who seem to do nothing but stay at home playing video games, I feel I understand why there is so much bullying.

私の訳例
 In my school days, after school I used to play outdoors with my friends until dark. Sometimes we were scolded for our mischiefs, and other times we fought each other. However, these experiences were good lessons for me to learn how to get along with others. Today when I see many boys and girls addicted to home video games, I can only conclude that bullying is unavoidable.

【コメント】
 S高校の解答例では冒頭の2行が冗長です。理由は言葉払いができていないからです。文章は小さな概念の集まりです。その一つ一つが冗長で曖昧であると全体の意味が把握しにくくなります。「子供時代」はコンテクストから小学生と分かりますが、男女の区別もありますのでin my school daysとしました。「学校から帰ると」もcoming home from school などとしなくても概念からafter schoolと簡単に書けます。with the other children in the neighborhoodは直訳過ぎます。この英文は「近所の他の子供達と」という意味になりますが、日常の会話に“近所の他の子供達”というセリフはありません。結局、「近所の子供たちと遊ぶ」を概念化するとfriendsで片がつきます。これが簡潔というものです。「家でテレビゲームばかりしている」をdo nothing but stay at home playing videogamesとするのも言葉払いができていない結果です。コンテクストから「テレビゲーム中毒」と考えてaddicted toを使いましたが、addicted toは受験生にもむつかしい言葉ではありません。しかし、特許実務界なら「中毒」なる言葉は原文のどこにもないと、担当者から怒り狂った電話がくることでしょう。

日本語テクスト=英語テクストの公式が絶対と考えられている受験の世界でもこうした言葉払いは大きな危険を背負うことになります。一年を棒に振るか否かを考えれば、直訳という無難な道をとるのは当然かもしれません。しかし、考えてみますと、言葉に拘ってコンテクストとか状況から物が考えられない性癖は、単に英語の上のみならず日本社会全体がそうではないかと思います。それが国際社会でリーダーになれない最大の原因ではないかと危惧しています。特に政治や外交に関して痛感します。

【参考】 
addicted (to): spending all your free time doing something because you are so interested in it (Oxford Advanced Learner’s Dictionary)

【注】本稿は関西特許研究会発行の「KTKニュース」(3月号)に発表した「育たない特許翻訳者、育てない特許事務所(続)」をブログ向きに書き直したものです。                             (弁理士 木村進一)
       「特許評論」は登録商標(第4556242号)です。
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by skimura21kyoto | 2008-03-17 19:49  

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