明細書をめぐる技術者の目、法律家の目-特許英語と産業翻訳

1. 特許翻訳と産業翻訳の違い
職業としての翻訳を大別すると、文芸翻訳と産業翻訳になり、法律英語は産業翻訳の一種である。しかし、技術翻訳を産業翻訳の中心だとすると、法律英語はやや中心より外れる。技術翻訳は技術の内容を忠実に英語で再現すればよい。しかし、法律英語、特に特許英語はその同じ技術を権利によって保護しようとするものである。保護を受けるために、技術的評価と法律的評価を受ける点で単なる技術翻訳とは異なる。しかも法律には国境があり、法的価値判断も異なるため、技術に国境はなくとも一国での評価がそのまま他国に通用するとは限らない。そこで、法律・特許英語では事実の忠実な記述(再現)はもとより大切であるが、加えて、包括(概括・概念化) ということも大切となる。要するに、一つの文書が権利の取得と権利の主張との二つの局面をもち、しかも両者は矛盾した関係にある。

2. 法律・特許に関する英語文書の目的
特許実務では特許明細書以外に種々の法律的事項を英語にしなければならない。それは主として具体的事案に即して行うが、内容的には、わが国の法律や特許の制度に関する知識・情報、法律の解釈・運用、判例の紹介、法律的意見や判断等を海外の取引先や依頼人に伝えることになる。法律文書は、権利の帰趨や消長に関係するところが多く、読み手はその情報を行動の指針とするため間違いや曖昧は許されない。責任は重大である。

3. 法律文書における明晰性
曖昧が許されないということは、「明晰性」が要請されるということである。明晰とは、言葉や文章に不明確さや多義性がなく、その結果意味の外延(outer limit) が明確な状態である。「曖昧」とは、意味の外延がぼやけていて、ある特定の事象が意味の領域に入るのか入らないのか分からない状態をいう。曖昧さは、語法的な拙さからくる場合と、知識不足や認識不足からくる場合、さらに語法・知識両面からくる場合がある。法律文書の内容は決して易しくない。難しければ難しい程分かり易く書かねばならない。明晰の理想を実現するためには、語法の面ではしっかりした英語力、特に基礎力をもつこと、知識の面では、できるだけ多くの専門用語(概念)に精通することである。専門用語が使えないと、いくらいい英語を書く力があっても通用しないし、たとえ通用したと思われても、意味を取り違えての理解となることがあり危険である。また、簡潔でないために読み手に大きな負担を与えることは、書き手の信用にかかわる。小学生の作文を辛うじて読み取る状況を思い浮かべればよい。

4. 明晰性実現のための4Cの原則
 ビジネス英語の世界で提唱されている4Cの原則(1) は、法律文書の作成の上でも大切である。4Cとは、clear(明確な) 、concise(簡潔な) 、complete(詳しく) 、correct (正確な)の頭文字をとったものである。

【注】米国特許法第112条1項は同様の規定をおいている。
紙幅の関係で特に重要なclearness(明確) とconcision(簡潔) だけを取り上げることにする。

                                        (弁理士 木村進一)
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by skimura21kyoto | 2007-10-29 14:02  

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