特許英語文体論-スタイルの問題

1. 英文のスタイルについて
A Water Saving Device-節水装置-
More than twenty years ago I was asked by one of my clients to file a utility model application for a device intended to save water used in a toilet. The device was not in the inventor's line of business but was an idea conceived purely for economical reason. The “water saving device" was a title selected by the inventor so as to justify the device for the statutory subject matter but actually it was a contrivance for drowning out a tinkling sound by the sound effects produced by the device. The inventor, a lingerie manufacturer, was motivated to invent the device from shock at the water bills sent by the City Hall. He told me with a helpless look that the women working in his factory were imprudently using water in the toilets by what we call “double switching".

In order to inspect the "would-be" invention, I visited his company located in the suburb of Kyoto, and asked him how the device worked, and how he found it would be effective to save water. He said that the device was tested several times with the help of his wife, and in my presence, he demonstrated how to operate it, with himself inside the toilet. His loud voice from inside was “Kimura-sensei, can you distinguish?" I confirmed that his sound, otherwise “waterfall sound", was completely drowned out by the artificial sound produced by the device. I said with an equally loud voice, “Perfect! Sugiyama-san."

My File Records show that his application was abandoned by filing no request for examination within the statutory period of 4 years from the filing date. I don't know how the device could contribute to keeping down the water bills.
【注】この話は20数年前の旧実用新案法の時代のことで現在にはあてはまりません。現在の実用新案は無審査で審査請求の必要はありません。昔の実用新案権は、存続期間は10年でしたが現在の特許権並みに強い権利でした。それだけに厳しい審査が行われていました。なお、上記にto justify the device for the statutory subject matter ...とありますが、これは、本件主題が実用新案法が規定する考案の定義に合致するか否か、ということで、「節水装置」と大袈裟な名称をつけたのはそのため、という意味です。時々、いかがわしい大人の器具を「健康器具」と称して特許出願しているのも同じことです。ただし、本件「節水装置」がいかがわしいという意味ではありません。

これは、女性に多いダブル水洗のため毎月の水道代に悲鳴をあげた女性の下着メーカーの社長が考案した節水装置を説明したものです。私が実際に体験した話しですが、テーマが上品な話ではないのでユーモアで誤魔化しています。しかし、笑いとかユーモアをテーマにすると, そのムードを言葉で訴えようとし勝ちです。私は原稿なしに書いていますが、もしあるとすると, こんな風に書かれるのではないでしょうか。

 例文(1)
 「約20年前のことである。ある時, 依頼人からある奇妙な節水装置について実用新案の出願依頼を受けた」
例文(2)
「世の中には奇妙なことを思い付く人もいるものである。約20年前のこと, 私はその奇妙な実例に遭遇する羽目となった」

 例文(1)、(2)ともに“奇妙な”という形容詞を使った点で私なら落第と判定します。特に, 例文(2) には“遭遇する羽目となった”という自らを勝手にピエロに仕立てた表現があり, それだけで減点です。書き手が最初から“奇妙な”とか“遭遇する羽目となった”というのは, 自分が勝手に醸成した笑いのムードに酔った,いわば一杯機嫌の状態と言えます。お笑いの芸では, 話し手が自ら笑うのはタブーとされています。この原則は文章にも当てはまります。例文(1)、(2)はこの原則に違反しています。笑いを誘うのは, 言葉ではなく,言葉が表現する状況(事実)です。その状況を写す言葉に独りよがりや飾り・誇張などがあってはならないと思います。例文(1)、(2)のように書き手がある特定の状況を自ら“奇妙な”とか“羽目となった”と肯定し, 限定してしまうと,後は自分が設定したムードを維持し, 時には増幅してなんとか読み手に共感させようとするあまり,そのムードを構成している細かい事実を直視する努力を怠ってしまいます。いわゆる“思考停止の状態”になります。笑い以外に, 怒り,悲憤慷慨,反省,感謝などの気持ちを他人に訴えようとする場合も同様です。

 この思考停止は特許明細書にも起こります。明細書は, 笑いがテーマではなく,発明の特徴を説く“説得”が主眼です。笑いと説得は質は違いますが,手法は似ていますので,例文(1)、(2)について私の言う“危険”が明細書にもあります。例文(1)、(2)では書き手が先に笑っていますが、明細書でいえば,書き手が先に説得されている状態になります。書き手が先に説得されてしまうと,後は感想になって人を説得する努力を忘れてしまいます。説得されるとは,本件発明はすぐれているというムードに酔った状態です。発明者(依頼人)の方は書き手以上にその発明については納得していますから他人の身になったチェックができません。しかし,読み手(審査官,代理人,公衆)は, 新規な発明についてはなにも知りません。読み手の一杯機嫌(酩酊状態)を眺めているだけになります。なぜ書き手が一杯機嫌なのか分かりません。書き手の方は自ら納得済ですから他人も納得して当たり前という気持ちがあります。例文(1)、(2)を見ていると、読み手はすべからく笑うべし,という押しつけを感じてしまいます。実に嫌な文章です。

2. 文章論の難しさ・教育の難しさ
上記例文(1)、(2)の文章を書いた人にその文章がよくないと言ったらどうなるか。言われた方は納得しないだろうし,ひょっとすると喧嘩になるかもしれません。特許事務所では日本語の書き手と英文の書き手の間で時として喧嘩が起こります。日本語の書き手が年配者でベテランであるほど喧嘩は深刻になります。喧嘩までいかなくても反発を招き以後両者は冷たい関係になり勝ちです。“どこが悪い”と言われても一見悪いところはないので厄介です。“どこが悪い”を説明するのは至難です。時間もかかる。時間をかけても分からない人には分かりません。一杯機嫌の人に冷水をぶっかけて酔いを醒まそうとするようなものです。“心の聖域を侵す”という表現がありますが,これなども一例でしょう。聖域意識は老人に強いのが常ですが、柔軟な筈の若い人も最近は強い聖域意識をもっています。ここに文章の教えにくさがあります。これが,特許法第〇条の解釈が間違っているとか,発明の理解が正しくないとか,審査基準に叶っていないという間違いの指摘なら納得するのは容易です。しかし,例文(1)、(2)はスタイルの問題ですから強制しにくいのです。採否の判断は本人に任すしかありません。小・中・高校生位なら親や先生の権力で例文(1)、(2)のスタイルを止めさせることはできますが,大人に対してはむつかしい。とりわけ,特許実務界には誇り高き御仁が多い。まして,先生などとなると尚更です。スタイルは,単に文章の表現形式ではなく,個性や人生観の発露だからです。とはいうものの,すべてのスタイルを認めよ・肯定せよ,では進歩も向上も期待できません。最近は事務所の合同化が流行っています。それ自体悪いことではないのですが、こと明細書となると、統合化は無理です。明細書は和文にせよ、英文にせよ寄ってたかって書けるものではありません。あくまでも個性の発露なのですが、それがまた問題なのです。

最近は個性を尊重すると称して実は放任というのが多い。教育の難しさです。結局,本人が絶えず自省して,自分で自らのスタイルの悪いところを破って本物に近づき,実現していく勇気がないと,合同事務所をつくったところで,共に歩み,共に繁栄するというスローガンは絵に描いた餅になり,事務所合同化の挨拶状は数日を経ずして反故になる公算大です。形態は合同化でも協同化でもあるいは連名でも構いませんが、本来弁理士は、厳しい自律のもとに一人でやるものと思っています。

3. 「遠心脱水機」の英訳について
参考のため「遠心脱水機」に関する三つの訳文並べてみます。これは明細書冒頭の「発明の属する技術分野」に関する一節です。決して優劣を競うものではなく、スタイルの違いを見てもらうためです。野球でいえば,イチロー、松井秀、清原の打撃フォームと思ってもらえばいい。このクラスならどれもいい筈。好き嫌いは,男女の仲同様, 好みの問題です。

遠心脱水機
FIELD OF THE INVENTION
(A氏訳)
This invention relates to devices for preventing vibration of centrifugal dryer, and more
particularly to a device for preventing vibration of a drum in a centrifugal dryer to be employed to dry wet clothes. (『英文明細書作成の実務』(発明協会)
(B氏訳)
This invention relates to a centrifugal dryer including a rotary basket rotatable by a driver
motor and supported to keep stand-alone erection with use of supporter elasticity, particularly
relates a centrifugal dryer suitable for wringing water from the wet wash. (『パテント』Vol.51 No.4)
(木村訳)
The present invention relates to a centrifugal dehydrating dryer, and more particularly to a dehydrating dryer for wringing out wet laundry under centrifugal action, wherein the wet laundry is placed in a power-driven rotary basket constantly kept upright by means of an elastic support.

 英文にはリズムが必要です。リズムというと、発明を誤魔化したり,ぼかす手段のように誤解して特許実務家は嫌いますが、逆です。英語のリズムは,英語の論理です。リズムがない英文やリズムが悪い英文は,論理が通りにくい。決してリズムは飾りや気取りではありません。私は何時も、 “英語の論理は英文の流れ" をモットーとして書いています。リズムが悪いとネイティヴの思考回路に乗らない文章になってしまいます。しかし, リズムは手先の技巧では出せないところに難しさがあります。

あとがき
冒頭に掲げた私の節水装置の英語は平易で読み易く,理解に困難はないと思う。しかし,外国人には分かるとは限りません。先ず,トイレの構造が違う,生活の場での人の密度が違う,生理現象に対する認識が違う,羞恥心が違う,性に対する考えが違う。すべての違い,すなわち,文化の違いを十分考慮しないと外国人に通用する英語は書けません。その場合の第一の心構えは謙虚ということになります。外国文化に対する尊敬の念がないと英語は扱えないということを肝に銘じています。 なお、上記英文は明細書英語ではありません。本件「節水装置」は国内出願だけで外国への出願はなされませんでした。本テーマである文体論のために事実を基に自作した英文です、念のため。 (弁理士 木村進一)
                            「特許評論」は登録商標(第4556242号)です。
[PR]

by skimura21kyoto | 2008-02-14 17:48  

<< 一言アドバイス-名文の条件 米国の“新規性”-郷に入れば郷に従え >>