民事訴訟をめぐる英語表現-付・米国判例をめぐる英語-

外国企業と日本企業の間で知的財産権の侵害事件(代表は特許権侵害事件)が起こると、外国企業側の代理人を務める弁護士、弁理士の仕事は日本企業同士の衝突に比べて倍以上の手間と時間がかかります。この場合当事者は外国企業でも必ず日本の企業もセットになっていますから、事件の分析、対策、作戦に始まって、係争中は法廷での経緯を外国企業にも日本企業にも逐一報告しなければならず、終了すれば、勝てば勝ったで相手の対応を見守る必要があり、負ければ負けたで事後の対策があり、おいそれと一件落着とは参りません。その間の通信はすべて英語で、それも英訳だけではありません。外国企業から英文で送られてくる指令や作戦内容は日本の企業側(特に重役連中)は殆ど英語では理解できませんから和訳し、さらに解説もしなければなりません。その分費用も莫大になります。

こういう場合の英語は、すべて法律が絡んできますので法律専門用語の英語となりますので、単なる翻訳者では務まりません。日本と外国では、民訴上の手続や法律に対する考え方に微妙な違いがあり、一つの用語の選定を誤るだけでとんでもない誤解を相手に与え、その結果喧嘩別れということにもなります。たとえ手続そのものは上手くいっているのに、報告が適切でなかったために相手に誤解を与え、話が違うなどの苦情を受けることもあります。法律の世界には英語と民事訴訟両面に通じた人材が少なく、四苦八苦しているのが実情です。最近はパラリーガルなどという格好のいい職域もありますが、実情はまだまだお寒い限りです。そんなことを考えて少しでもお役に立てばと、手持ちのサブノートの一部をご紹介したいと思います。第一部から第三部まであります。

第一部は、昔、仕事として翻訳したもので、実際にやったのは訴状の概要と、訴状に添付されてきた「答弁書催告状」でした。その内の「答弁書催告状」にあった注意事項は、全国一律の印刷された定型文ですが本テーマには格好の内容と思われるのでご紹介します。依頼を受けたときこんな定型文を訳しても翻訳料の無駄ではないですか、と依頼主の弁護士さんに言ったところ、当事者の一人が米国に住む外国人(国籍は不明)であるためすべての日本語部分を英訳する必要があるから、ということでした。

第二部は、米国の判例英語断片で、素材は、去る4月1日米国で判決が出た ”Tafas v. Dudas”事件です。この事件は、2007年、米国はもちろん日本の特許実務界でも大騒ぎになった米国特許庁が改正したクレーム数や継続出願数を制限する規定が11月1日施行前日に施行停止の仮処分が下り、今回施行の永久的停止と改正規則の無効が宣せられたものです。

第三部は演習問題で三問ありますがいずれも民事訴訟法入門書の決まり文句みたいなもので、こんなレベルの低い内容がこのまま実務で必要になることはありませんが、野球で言えば、試合前のノックです。この程度の文章が的確に英語にできなのは、丁度ノッカーが打ったやさしいゴロが取れないのと同じで、とても外国事件という本試合に出場する資格はありません。

【第一部】「答弁書催告状」の英訳
 翻訳にあたって注意したことは、読み手は法律面では素人であっても米国に住むビジネスマンであるから身近な弁護士に相談したり見せたりする可能性があります。そのため用語の翻訳は米国向けです。

答弁書催告状-注意事項
1.訴状に書いてあることが真実であるかどうかをよく調べて、答弁書(正副2通)を差し出して下さい。
 答弁書には、原告の主張のどの部分を認めるか、認めないかを記載し、そのほかに主張があれば書いてください。
2.答弁書を差し出さず、また期日に出頭しないと、欠席のまま裁判されます。
3.あらかじ証拠になる書面や証人などを調査しておいて、証拠の申し出が遅れないようにして下さい。おくれたときは、その申し出を取り上げないことがあります。
4.弁護士に訴訟を委任する場合には、一日も早く適当な弁護士を頼んで、一切の事情を打ち明けて訴訟をしてもらうようにお勧めします。期日の間際になってあわてて弁護士に訴訟を委任することは、自分のためにならないばかりか、関係者一同も迷惑します。
5.弁護士を委任しないときは、自分で出頭しなければなりません。病気その他やむを得ない事情で、期日に出頭できないときは期日前に期日変更申請書にその理由を詳しく書き、診断書その他の証明書を添えて裁判所に差し出し、期日を変更してもらうことができます。しかし、単に商用、社用というようなことでは、期日変更の理由とはなりません。

英 訳
Order for Submission of an Answer
1. The defendant should carefully examine whether the facts stated in the Complaint are true or not, and prepare an Answer in duplicate setting forth which of the plaintiff’s allegation he admits and which he denies, and any defense against the plaintiff’s allegation (s).
【注】 訴状:a complaint 原告が最初に出す訴答(pleading)」。
例文: A complaint is an initial pleading that sets forth a claim for relief, by including the grounds for the court’s jurisdiction, the statement of claims, and the cause of action. (管轄、請求の趣旨、請求の原因などを記載する)。complaintは刑事裁判でも使われるが、そのときは告発(訴)状の意味になる。

2. If the defendant fails to prepare the Answer or appear at the Trial, he is in danger of having the case decided against him by default.
【注】ここでの「期日」は口頭弁論期日のことなので、「口頭弁論」、すなわち、Trialとした。米国ではTrialと言うと、陪審を付した場合を意味することが多いので、少し抵抗がありますが、ここではTrialとした。Hearingでもよいが、HearingはTrialより意味が広く公聴会なども意味します。
欠席裁判: decided against the party by default  「期日に出頭しない」をfail to appear at the Trialの代わりに、ignore the Summons (呼出状を無視する)としてもよい。

3. The defendant should examine and prepare all evidence and witnesses to be presented at the Trial, and previously notify the court of the production of them by the Trial date. If the notification is not made in time for Trial, the court may ignore it.
【注】 productionは「製造」ではなく、「提示、提出」の意味。動詞形のproduceはoffer or provide for considerationの意味です。

4. When the defendant hires an attorney-at-law to act in court, the defendant should contact the attorney as soon as possible so as to familiarize him with the case. A hasty hiring of attorney and a hasty preparation of an Answer will not be beneficial for the other parties concerned as well as for the defendant.
【注】弁護士や弁理士に「事件を委任する」は、通常hireを使います。employを使った例もみますが、一時的で個人的な場合はhireがよいと辞書は説明しています。「授権」の意味ならauthorize又はempowerとなるが、職業的代理人は有償であるからhireでいいと思う。「授権」もhireあってのものである。authorizeやempowerだけでは有償の意味は出ません。

5. If no attorney-at-law is hired, the defendant must appear in person at the Trial. If there is any reasonable reason for absence such as illness, he can request the court to change the Trial date by submitting a detailed statement of the reason for absence and evidence such as a diagnosis prepared by a medical doctor. A mere statement of being busy on business or any other personal reason will not justify the change of the Trial date.
【注】(1) の【注】の項でpleading (訴答) という言葉を使いましたが、pleading (訴答)とは、
The complaint prepared by the plaintiff and the answer by the defendant are collectively termed the “pleadings”
最初のプリーディング書面が原告の「訴状」で、それに応答して被告側が出すプリーディング書面が「答弁書」です。訴状は呼出状(召喚状)(summons) を添えて被告に送付されます。

【第二部】米国の判例英語断片
”Tafas v. Dudas et al”・“GSK v. Dudas et al”
(1) Tafas (個人)とSmithkline Beecham Corporation(通称GlaxoSmithkline、略してGSK)(法人) が特許庁長官 (Mr. Dudas)と特許商標庁に対し別途提起した二つの訴訟が併合(consolidated)された。v. はversusの略で、vs.とも書きます。against「~対~」の意味です。

(2) 両原告とも略式判決 (summary judgment) を申立てましたのでcross-motionsとなりました。この「略式判決」は、事実審(trial)(陪審が付くことが多い)を経ないでなされる判決のことで、道路交通法にある刑事手続としての即決判決とは違います。なお、刑事事件にはsummary judgmentはありません。Summary judgmentは明らかな争点がない場合で、本件に関してバージニア東地区地方裁判所は次のように述べています。
Because this case involves the legality of the Final Rules, a determination of their validity does not turn on facts unique to a particular plaintiff or on any dispute regarding such facts(以下略)
summary judgment は「略式判決」で通用していますが、「略式」に惑わされて「簡易」という意味に取ってはなりません。

(3) 「委任立法 (delegated legislation)」について
4月1日、この判決がでた時、日本ではApril Foolか、と言うほどの驚きでした。なにしろ、一市民や一民間企業が日本人にとっては泣く子も黙る天下の特許庁を相手に、庁が練り上げた改正規則の施行を差止め、さらに無効を訴えて成功したのですから、日本式に考えればApril Foolかと半信半疑になるのも当然です。しかし、英米法を少し知っている人なら、“あれ”か、と推測のつく事件です。“あれ”とは行政行為に対する司法審査権の問題で、英米法上では珍しいテーマではありません。米国のAdministrative Procedure Act(行政手続法)は、”When an agency action is committed to agency discretion by law(行政庁の行為が法によって行政庁の裁量に委ねられている場合)には、裁判所は、行政機関の長官の決定が長官の権限の範囲内においてなされたものであるかどうかを判断しなければならないこと、また、長官の決定が、専断的、恣意的、裁量濫用、その他法に適合しないものでないかどうかを判断しなければならない、ことになっています(5 U.S.C.§701(a)(2)、§706(2)(A))。「委任立法」は英米法上の重大なテーマであり、数々の論文が出ています。

「委任立法」とは、立法権の委任 (delegation of legislative power) のことで、そこで定立された規則・命令 (rules and orders) が時として司法審査を受けることになります。委任立法の対象は従位的立法 (subordinate legislation) に限られ、国会制定法 (Act of Parliament) などの優位的立法 (supreme legislation)とは区別されます。従位的とは、国民の実体的権利 (substantive rights) に関係しない単なる手続的なもので、それは行政機関の専権事項として規則制定権 (rulemaking authority) が与えられています。ところが、今回の裁判では、行政機関である米国特許商標庁が、市民(発明者)の特許権という実体的権利を制約するような規則を作った、として市民から差止めと無効を訴えられたのです。理由は、特許商標庁の行為はultra vires(権限逸脱)に該当するというものです。

バージニア東地区地方裁判所は次のように判示しています。
The Court holds that PTO Claiming and Continuation Rules are null and void as in excess of statutory authority because they are substantive in nature and exceed the agency’s rulemaking authority under 35 U.S.C.2(b)(2).

英米の判例に必ず出てくる A (The) court holds…のholdは「判示する」と訳されていますが、これはhold the opinion that …を省略したものです。

(4) 判決文の体裁は、表題 (Title)、事実 (facts)、争点 (issue)、判決 (judgment)、理由 (reason) の順になっています。よく出てくるopinionは単なる「意見」の場合もありますが、本来はjudicial opinion、すなわち「判決理由の陳述」です。訳としては、「判決理由」とすればいいでしょう。

老婆心ながら、特許実務者は是非判決文は原文で読むべきだと思っています。原文で読まないと本当の法理はわかりません。しかし、昨今は万事安易に流れて外国の判例が出ると、直ぐに日本語訳や日本語による解説を当然のように求めますが、情けない話です。特許実務界に限らない現象ですが。Festo事件や最近のKSR事件の騒がれ方を見ていますと、地面に落ちたおこぼれの砂糖に集まる蟻か、ヘルパーさんにお粥を食べさせてもらっている介護老人を連想します。元来、日本人には真の英文読解力がないと言われているのですが、それを裏付ける現象です。外交官や国際線のスチューワーデスには、真偽は別として、英語が達者という先入観がありますが、特許実務者には、真実、英語が達者という社会的評価が欲しいと思っています。たとえ国内事件専門でも、外国の判例や学者の論文が読めないと侵害事件や高裁事件を扱っても、薄っぺらな特許法の条文上をうろうろするだけで切り込めません。特許の世界戦略など格好のいいことを言う人は多いのですが、そういう人に限って一行の英語も読めず、まして一行の英語も書けないのが実情です。弁理士国家試験に英語(外国語)の試験がないこと自体時代が時代錯誤ではないかと思っています。

【第三部】演習問題
次の文章を英訳せよ。(和文直訳英語にならないように)
(1) 民事訴訟は原告が訴状を裁判所に提出することに始まる。訴状には請求の趣旨、請求の原因、必要な証拠が一定の書式のもとに記載される。
【ヒント】民事訴訟: a civil action 訴状:a complaint
請求の趣旨:the statement of claim(s) 請求の原因:the cause of action

(2) 不法行為とは、行為者の故意又は過失によって他人の権利を侵害して損害を生じさせる行為である。犯罪との違いは、不法行為は私的な権利を侵害した場合に起こり、犯罪は公的な権利を犯したときに成立する。
【ヒント】不法行為:a tort 犯罪:a crime  「権利を侵害」とあるが「権利」の訳には一考を要する。

(3) 証拠とは、裁判官に事実の存否につき確信を得させる資料で、裁判官の事実認定に客観性を保証するものです。民事訴訟では当事者間に争いのある事実は、証拠によって認定しなければなりません。裁判所で争われるすべての事件には挙証責任の問題がからみます。
【ヒント】証拠:evidence (抽象名詞と考えると単数形。証拠資料の場合はevidential materialsと複数にもなる。)事実認定:fact finding, the finding of facts 挙証責任:a burden of proof 

【挙証責任】証拠は挙証責任をもつ者が提出しなければなりません。たとえば、原告に挙証責任があると原告は自身から証拠の提出を開始し、または切り上げる (open and close to the judge/jury) 権利をもっています。証拠を提出した原告の立場を The plaintiff has made a prima facie showing (case). と言います。prima face showing (case). とは、「反論の余地ある法律上の仮想の局面」の意味で、我々の場合では拒絶理由通知が出た段階がこれに当たります。拒絶理由通知が出たとき外国の出願人又は代理人に、Your application has been rejected.と完了形で書くのに抵抗があるという人がありますが、これは拒絶が確定した意味ではなく、特許性なしの仮想の局面(prima facie case of unpatentability) ですから反論していけばいいのです。

元に戻って、原告から証拠が出ると、被告は原告の証拠の証明力と少なくとも五分五分の反証(counter-evidence) を提出しないと負けます。これを証拠の優越 (preponderance of the evidence)と言います。preponderanceとはweight of evidenceのこと。50%が勝負の分岐点です。51%なら勝ちとなります。しかし、特許権を無効にするのに要求される証明力はもう少し高く、これをclear and convincing evidence(明白かつ説得的証拠)と言っています。刑事事件となるともっと高い証明力が要求されます。これはevidence beyond a reasonable doubt(合理的疑いの余地のない証拠)として知られています。争点(issue) が食い違うとそこにnew matterがでてきます。new matterを説得するため新たな証拠が必要となります。挙証責任は争点をめぐってきまります。証拠を提出する責任は振り子のように原告と被告の間を往復します。

The burden of proof lies upon him who affirms, not upon him who denies.
(挙証責任は主張する者に存し、否認する者には存せず)ここのaffirmは「肯定する」というより「主張する」の意味です。侵害者が侵害を自認すれば事実問題はなく、従って争点は法律問題となります。もし、先使用権を主張すればそれは否認ではなく自白(admission) となり新たな事実の主張 (new matter)ですから侵害者に先使用に対する挙証責任が生じます。
                           (弁理士 木村進一)
           「特許評論」は登録商標(第4556242号)です。
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by skimura21kyoto | 2008-06-25 17:08  

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